大学でもっとまじめに学んでおくべきだった

大学ではB4の一年間、人によってはさらにMとかDとかで研究をします。そこで学べることについて、および、それを学ばなかったがために私が苦労したことを書きます。ここでは大学に行く人を主な読者層にしていますが、そうでなくても就職した後に後述の問題に遭遇することでは同じです。

わたしは高校時代は「プログラミング一本で生きていく」という決意をしていました。そこで近くの大学に情報工学科という学科があったので、そこを受験しましたが見事落選、第二希望だった別の学科に受かりました。このあとわたしの大学生活のポリシーは「可能な限り楽をして大学を出る、その間にプログラミングについての知識を独学する」でした。B4およびMでの研究においてもそのポリシーを愚直に守り通し、手抜きに手抜きを重ねてギリギリで卒業、修了しました。不良学生というやつです。最終的にはプログラミングやその他低レイヤといわれる領域の知識は平均的なCSの学生より優れていたと思います。しかし、それだけでした。

さて、大学でまじめに学ばないというのは何を意味するのでしょうか。大学卒業後は、Dをとってその後もさらに研究を続けるような一部の人以外は、おおむね就職します。場合によっては私のように大学で研究分野とは一切違うことをする人もいるでしょう。ただしそれに意味がないかというと全然違います。大学でちゃんと学んで研究していれば、個々の業務内容によらない問題設定、仮説、検証を含めた、分野によらない問題解決のための知識、および議論する能力などが得られます。それに加えて論文執筆を通じて、それを人に余すところなく伝えるための作文能力、プレゼンテーション能力などが鍛えられます。もっといろいろありますが、ここでは比較的わかりやすいものを挙げました。端的にいうとわたしはさぼりまくったがゆえにこれらについて何も学ばなかったのです。

その結果は悲惨なものでした。自分ではいっぱしの能力を持っているはずなのに、プログラミング能力などは場合によっては入社後数年経った人よりもすぐれていたのに、まったく仕事ができないのです。「こういうことをしてほしい」と伝えられてもうまく問題設定ができない、進め方がいきあたりばったりで効率が悪い、出てきた成果物の根拠があやふや、などです。結果を人に伝えるときも口頭では「支離滅裂で何を言っているかわからない」という旨をオブラートに包みながら指摘されました。仕様書などを書いても「何をしたいか見えてこない」とよく言われて、いつも跡形もないほど直されました。書いていて辛くなってきたのでここまでにしておきますが、それはもうひどいものでした*1

それもそのはず、わたしは大学に入ってから修士課程を修了するまでの6年間、自分で思いつきでやりたいことをやって、途中で脱線してもOK、楽しければOK、人と議論することもない、ということしかやっていなかったからです。これではうまくいくはずがありません。その後問題の本質に気づいて、なんとか訓練してそれなりのことができるようになるまで2,3年はかかったように思います。正直言ってこの間はかなりキツかったです。そして表題の通り、「大学でもっとまじめに学んでおくべきだった」と激しく後悔しました。

と、つらつらと、本当に大学で何も学ばなかった私の極端な書き連ねてきたことをもとに、現在大学生の人には大なり小なり「俺はこいつのようにはなりたくない」と思ってもらって、しっかり研究活動に邁進していただければなによりです。おわり。

*1:当時の自分の生産物を今振り返ると、自分でいうのもなんですがゴミのようなものしかなくて、根気よく指導していただいた諸先輩方には頭が下がるばかりです