「OSSライセンスの教科書」を読んだ

タイトル通りオープンソースソフトウェア(Open Source Software, OSS)のライセンスについて扱った本です。難解なことを筆者の経験を踏まえて平易に解説してくれているので、この手のことを知りたいと相談された場合は「これを読んでみてください」と勧められる本でした。

OSSのライセンスについての知識は近年のソフトウェア開発者には避けては通れません。しかしこれを十分に理解している開発者は多くはありませんし、(とくに「コードだけ書いていたい」というタイプの人には)それほど興味をひく題材ではないというのが実情ではないでしょうか。この状況をなんとかしようと長年OSSに関わってこられた筆者が一石を投じたのが本書です(多分)。筆者が技術者の目線だけ解説するだけではなく、弁護士のかたの監修を受けることによって法律家の目線からも解説しているという点で本書は貴重です。私はこのような本を少なくとも日本語では見たことがありません。

筆者のバックグラウンドが組み込みソフトウェア業界ということもあり、本書を読んで一番嬉しいのはおそらく組み込みソフトウェアエンジニアでしょう。組み込みソフトウェア(が入ったハードウェア)は不特定多数のユーザに大量に頒布されるという特徴があるため、OSSライセンスにまつわる問題にもっとも遭遇しやすいもののひとつと言えるため、OSSあるいはそのライセンスに不慣れな開発者には本書が大きな助けになるでしょう。その他の業界の開発者にとっても適宜内容を読みかえれば十分役に立つ内容ですし、本書を読み終えた後にはその読みかえができる材料がそろっていることでしょう。それに加えて開発者にとっては「ライブラリ」のような当たり前の用語についても平易に解説しているため、ソフトウェア開発者から相談を受けた法律家にとっても有用だと思います。

本書は各種OSSライセンスについて無味乾燥に解説するだけではありません。第一に、各種ライセンスを「どういう価値観を持った人々が」「どういう意図で作ったのか」という文面だけからは読み取れない前提知識を提供してくれています。第二に、ライセンスについて学んだ上で「どうすればライセンスにまつわる問題を防げるのか」「どうすればOSS、およびOSSコミュニティとうまくやっていけるのか」ということも解説してくれています。ソースコードのforkにまつわる話やソフトウェアのサプライチェーンをすべて考慮しなければいけないという生々しい話は現場のことを知らなければ書けない内容なので、一読の価値があります((と同時に筆者のこれまでの苦労がしのばれます:-)))。

読者が判断に迷うであろう要所要所について「これについては法律家に相談してください」「これについては著作者の確認をとってください」という次の一手を示してくれているのもよいと思いました。一見すると「相談してじゃなくて答えを書いてよ、頼りないなあ」と思うかもしれませんが、一口では言えないものを「これはこうです」と筆者が勝手な判断で書いてしまうと後で困るのは読者なので、これはこういう書き方にするよりないと私は思います。

細かいところでは次のようにひっかかるところもありましたが、全体的にはとてもよい本だったと思います。

  • OSI認定OSSライセンスの下で頒布されるOSSと本書が定めるOSSを区別している理由(JSONライセンスの解釈のくだり)がわかりにくかった
  • 第III部あたりはOSS(とくにバザール型開発のもの)がそれ以外のものに比べて好ましいものとする筆者の熱のこもった考え方が強く前に出ており、若干話が飛躍しているように見えた